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トピックス (6)死化粧師(働く・東京欄)
(朝日新聞 2008年9月9日)
死化粧とは、死亡から火葬までの間、家族や弔問客などに見せるために遺体に化粧をすることです。
ここに登場する佐藤琴子さんは32歳の死化粧師です。ニューヨークで2001年同時多発テロを目撃し死生観が一変しこの仕事についたそうです(このあたりのことをもっと知りたかったのですけれど・・・)。現在は、大手葬儀社が運営する研修会の講師などをなさっているようです。
佐藤さんは死化粧を、「美しく」では無く「その人らしく」と心がけていらっしゃるそうです。これについてはエンゼルメイク研究会代表の小林光恵さんが「特徴を踏まえて、各部を清潔にし、失われた造作を整え、化粧をし、家族の中にある元気なころの面影を取り戻す」と具体的に語っておられます。
NPO家族葬の会は死化粧を依頼されたことは1度しかありません。そのときには、2時間ほどかかった化粧顔は、役者さんのようでした。もちろん死化粧師によって、また技量によって違った化粧になるのでしょうが、そのときに違和感を覚えたのはたしかです。その死化粧師は、佐藤さんなどとは違う感覚を持っていたのかもしれません。
当会は特別の場合を除いて死化粧はお勧めいたしません。理由は、@病院で看護婦さんが軽く化粧をして下さること、A家族がご自分たちで出来ること、B費用が高いこと(数万円:経験をつんだ人間が出張して行うのですから高くて当たり前です)などです。「元気な時の顔」が必要かどうかは、意見の分かれるところです。私どもの依頼者は、「あるがままに」を第一に考えられる方が多いのはたしかです。写真の加工も最小限に、死化粧も軽く行えばよいとお考えです。それが、現代風だとNPO家族葬の会は考えています。その意味では、朝日新聞が、珍しい物を取り上げるということでしょうが、なぜいまさら死化粧を取り上げるのか理解しがたいところがあります。
似たようなものに湯潅(ゆかん)があります。車で浴槽を持ち込み遺体を洗うのですが、昔と違って現在では病院で清潔さが保たれており、湯潅の必要は感じられません。いろいろと湯潅の必要性を言う人はいますが、清めと同じで、昔は必要性があって行っていたものが儀式化して残っているものです。湯潅も現代的な意味を持たなければ、廃れてしまいます。今では湯潅が「お湯につけて洗う」ことではなく「洗浄綿(ウエットティッシュのようなもの)で顔の周りを拭く」ことを意味する場合も多いようです。
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