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コラム:お葬式を考える 自分の死と他者の死−1 「お葬式は何のためにするのでしょうか」 「お葬式は何のためにするの?」と聞かれれば、普通は「死者の冥福(死後の幸せ)を祈るため」とか「故人と最後のお別れをするため」という答えが返ってきます。 故人の死を悼み死後の幸せを祈る事が、葬儀の目的であることは言うまでもありませんが、それだけでは重要なことが欠けています。葬儀は、故人の死を通して生きている者が自分の死と生を考えるためのものでもあります。 自分の死と他者の死−2 「死を見つめること」 古代から現代に至るまで、哲学者たちは死の恐怖を克服するために、死の意味を解明しようとしてきました。ソクラテスやプラトンは、哲学すると言うことは死の問題を研究すること以外の何ものでもないと教えました。また、宗教も同じです。どの宗教でも死の問題が最大のテーマです。死の恐怖を克服するために、たとえば天国や地獄という考え方を生みだしました。 アラスカ・インディアンは、死の数日前に自分で聖職者よび、家族を集めます。そして、自分の生涯について語り、遺言をし、ともに祈り、死を迎えると言います。まるで計画的であるかのように、充分な時間と安定した精神状態を得て、死を迎えます。死んでゆく者は自分の死を見つめ、残される者たちの幸せを祈ります。残される者は、親しかった家族の死と来るべき自分の死について考えます。 自分の死と他者の死−3 「自分の死を見つめること」 アラスカインディアンのように家族に囲まれてではありませんが、チベット仏教の修行者は、山の中に入り、青空をじっと見つめ、自分の死の瞬間に備えます。
(死者の書)
自分の死と他者の死−4 「他者の死を見つめる」 現代社会に暮らす人々は、死や死に至る過程についてあまり語りません。また、子供の前ではそれはタブーとなっています。なぜタブーになっているかと言えば、子供たちがそれによって精神的なダメージを受けるのではないかと大人たちが考えるからです。 自分の死と他者の死−5 「葬儀について」 葬儀は、生の終わりの一部です。死にゆく人は、自分の人生の終わりをどのように家族とともに過ごしたいかを考えることができます。また家族は、葬儀に深く関わる事によって、死に逝く人の生と残された者たちの生に思いを巡らせます。それ故に葬儀は、深い思いを人々に与えることができるのです。 |
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