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葬儀の経験から:本堂でのお葬式 本堂でのお葬式〜(1)浄土真宗〜 喪家での打ち合わせを終えて、式場になる浅草の菩提寺に向かいました。 打ち合わせは、いきなり問題にぶつかりました。それは、喪家の葬儀のイメージとご住職のお考えとの違いが原因でした。ご住職は、浄土真宗ではあくまでもご本尊である阿弥陀如来を拝むのであって、ご遺体を拝むのではない。したがって、ご本尊が参列者から見えなくなるような柩の配置をしては困るとおっしゃいます。 普通は柩を祭壇の中心に配置し参列者はそれに向かって手を合わせるのですが、この場合柩は、読経をする僧侶の右後ろに低く花飾りも少なくして置くことになります。 喪家側の2人は「えー?」という表情で、困ってしまっています。われわれももう少し何とかならないものかとお願いしましたが、ご住職は受け付けてくださいませんでした。喪家は、宗教上の理由といわれれば、それを受け入れざるを得ません。 本堂でのお葬式〜(2)お布施〜 次の問題は複雑でした。お布施に話が移ったときのことです。ご住職の奥様が「お布施のことですが、法名(戒名)に院殿がつけば、・・・」といわれたときに、突然さえぎるようにKさんが(なぜそういわれたのか伺わなかったのですが)「戒名に院殿はお金ではつけていただけないと聞いていますが・・・」とおっしゃいました。一瞬にして場が白けてしまいました。「法名に院殿がつけば、○○万円で」とおっしゃったはずのご住職の奥様は、あとを継ぐ言葉をなくされてしまいました。 ご住職はかろうじて「お布施は檀家のお気持ちですから、檀家で決めてください」と建前を言われましたが、あとはKさんがいくど質問されても、同じ答えを繰り返されるだけです。葬儀者は壇寺と檀家の関係に立ち入ることはできませんから、やり取りをじっと聞いているだけです。 本堂でのお葬式〜(3)建前と本音〜 近年とくに戒名料をめぐって僧侶に対する批判が強く、(財)全日本仏教会は2000年1月に「今後、『戒名(法名)料』という表現・呼称は用いない。僧侶・寺院が受け取る金品は、全てお布施(財施)である。」という決議をしています。 僧侶が、喪家に「院殿はお金ではつけていただけないと聞いていますが・・・」と公式論を言われてしまうと、余計なことを言って批判されないよう慎重になるのは当然です。 ついに、お布施の額を聞きだすのをあきらめてKさん夫妻が席を立たれました。困りきった表情のご夫婦はそれでも丁寧にご住職夫妻に挨拶をされ玄関から出られました。私は「何とかしなければ」と思い、すぐにKさん夫妻に「少しお待ちください」といって引き返し、まだ上がり框にいらっしゃったご住職に深々と頭を下げ、「お困りでございます。私の方からうまく伝えますので、お教えください」とお願いしました。ご住職は奥様と顔を見合わせ、指を1本立て「お寺も物要りだから。でもこれでなければと言うわけじゃあない」とおっしゃいます。「分かりました。では、院殿がつかなければ80万円ということでいかがでしょうか」と私。うなずくご住職。 再び丁寧にお辞儀をして、玄関を出てすぐにKさん夫妻にお伝えしました。後でご位牌を見て、お布施をいくらになさったのかは分かりましたが、最後までそのことは、話に上りませんでした。 本堂でのお葬式〜(4)本堂でのお葬式〜 本堂でのお葬式は、荘厳な雰囲気がただよい、柩を囲む花々(少なかったのですが)の美しさもいっそう強調されます。ご住職の奥様もその美しさを「すばらしい」とおっしゃって下さいました。 焼香はまずご本尊に向かって立って行い、次に右に置かれた柩の前で今度は座って行います。家から離れたお寺でのお葬式ですから、一般の参列者はもちろんなく、歌うような浄土真宗の読経のなか、30名ほどの親族のみなさんが次々と焼香を行いました。 お葬式を無事終えて、精進落としの会場に向かう皆さんを乗せたバスを見送り、本堂でのお葬式の美しさを何度も思い出しながら帰途につきました。 |
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