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「お布施定価表示」論争について(9)
この日本人の「お寺離れ」は、核家族化の進行が社会的背景としてあり、それなりに説明がつくのですが、もっと深刻な問題があるように思います。「お寺離れ」の背後に「仏教離れ」があります。どの社会でも特に経済的に発展しているほど人々の信仰心は衰えていると思いますが、日本においてはかなり顕著なのではないでしょうか。
日本のお寺は、檀家離れを、特に税制上の宗教法人への非課税という特権を最大限に利用し、あるいは所有する土地を利用して幼稚園やマンション、墓地などを経営して補ってきました。あるいは仏教会が非難するお布施定額制を使って僧侶の派遣事業もおこなっているお寺もあります。もちろんそんなことが出来るのは、都市部の限られたお寺でしょうが、土地が広いなどの条件さえあれば、事業を起こすのは常識になっているのではないでしょうか。こうしたことが出来るおかげで、信仰を広める努力を払わなくなり、ますます仏教離れを促してきました。この論争の中で仏教会は、一部の不心得な僧侶のせいでお布施に対する苦情が出てくるかのように主張し、一人ひとりの僧侶の意識を問題にしていますが、果たしてそうなのでしょうか。私には原因は一人ひとりの僧侶の意識にあるというよりも、そうした僧侶が出てくる背景にあるように思われます。現在の仏教が失ってしまっている人々に対する熱い気持ち(営業用の、見せ掛けだけの、言葉でだけのではない、本物の気持ち)が失われてしまっていて、人々はそこをちゃんと見ているのではないかと思います。次回に続く
(2011.10.25)

「お布施定価表示」論争について(8)
仏教会側の主張は、背景にある考え方をもとにもう一度整理しなおすと、@お布施はあくまでも「お気持ち」であるから、料金の提示というやり方は教義に反している。Aお布施の価格提示というやり方は、お寺の競争激化を招き、お寺やそれを中心とした地域のまとまりを崩壊させる可能性がある。Bしかし、華美な服装や暮らしをして世間の反発を受けている僧侶もいて、これは改善されるべきだ。仏教会側の主張は、およそ以上のようなように集約できると思います。(記事の中ではあれこれ述べられていて、ちゃんと整理できているかどうかあまり自信はありませんが。)
一つ一つの点について私の考えを述べる前に、もう一度議論の前提を示しておくと、ここでは古くからの檀寺と檀家との関係ではなく、檀寺を持たないおもに都市の核家族の立場に立っているということが前提です。仏教会側は、お布施定額表示が檀寺を持たない都会の住人に対して意味があるということを正確に把握して議論をしているようには思えません。そこを明確にして議論していけば、仏教が日本においておかれている立場を深く考えなければならないという結論に達するべきだということがよく分かるはずです。次回に続く(2011.9.20)

「お布施定価表示」論争について(7)
1つめの、「(檀寺を持たない人に対しては)お布施の基準を葬儀社が示すのは仕方がないがそれを前もって示すのはよくない」という点についてです。ここには檀寺を持たない人がいて、その人たちにはお布施の基準を示す必要があることは考慮に入れているようです。しかし前もって提示することがよくないのだという趣旨のようですが、前もって示すことと葬儀社との見積もりの段階で提示することとの違いが分かりません。また、葬儀の読経をサービス業だと多くの人は考えていますが、その人たちにとっては前もって提示されているほうが親切です。打ち合わせもあらかた終わったころに「お布施は・・・」と高額を提示されてしまってからでは、いったいどうすればいいのでしょうか。この主張の背景には、「仏教が宗教でありたい」という切なる願いがあり、そのことと僧侶(お寺)の生活をどうすればいいのかという現実的問題を解決しきれないもどかしさがあるように見えます。実を捨ててでも仏教と信徒や人々を守るという高い志を見出すことは出来ません。「本当にどんなに低くてもお志でいいのだ」と言い切って出仕するほどの決意は見えません。次回に続く
(2011.9.20)

「お布施定価表示」論争について(6)
結論的に言うと、「お布施定額制」はすでに菩提寺を持たない人達にとって定着しているといってもいいと思います。今から、それを否定してみても始まらないのではないでしょうか。
仏教会側の議論の前提も、「(仏教的に見て)そもそもお布施とは喜捨なのだから、出す人の志(こころざし)でいいのだ」と言いながら、「檀寺と檀家や地域のの付き合いの中でお布施の目安は了解されている」、つまり常識的なものはいただきたいという考えにあります。ここには、俗世間の生活を捨てて修行にまい進し、人々を救済するという聖職者としての気持ちは感じられません。それよりも、江戸時代徳川幕府の支配機構の末端に位置し生活を安定させてきた伝統を大事守ろううとする仏教を職業とする僧侶集団に考えが出ています。
そして、現実に対する考えとして、次の2つの点を主張します。1つは、「(檀寺を持たない人に対しては)お布施の基準を葬儀社が示すのは仕方がないがそれを前もって示すのはよくない」。2つ目は、僧侶の中には不届きな者がいるのでそれには猛省を促す」ということです。次回に続く
(2011.10.18)

「お布施定価表示」論争について(5)
「つまり、日本人には、お寺やお墓、仏事とのかかわりにおいて大雑把に言って2種類の人が混在しているということです。ひとつの種類の人は昔ながらの檀寺との付き合いを保っている人で、もうひとつの種類の人は、そうでない人たちです。
後者の人たちの多くは、戦後から1960年代にかけて地方から都会へ移住し、核家族を作ってきた人たちです。この人たちの多くは、年齢的に言って移り住んだ都市で亡くなっていっています。
実は、お布施の定額制のようなものは、檀寺とのつながりを持たないこの人たちがなくなっていくのに歩調を合わせて登場しました。すでにこのような事がおこなわれるようになって10年以上は経ちます。多くの葬儀社は、各宗派の僧侶達と契約を結んで、檀寺を持たないという客に紹介していました。このような客にとっては、特別の信仰心もありませんし親戚や近隣の目も気にしなくてもよい立場ですから、いわば消費者の視点で戒名や読経を依頼することになります。このような料金を明示した上で依頼をするというスタイルは、普通の人間には説得力のある普通のやり方です。また、そうした客に依頼された僧侶にとっても、受け取るお布施がいくらかも分からずに仕事をする人はいません。お布施(料金)が明示されているからこそ、双方が納得して成立しているというわけです。 次回に続く
(2011.10.16)

「お布施定価表示」論争について(4)
細かい話しをしてゆけば、さまざまな経過があったのですが、できるだけ問題を把握しやすくするために大筋だけを示します。(ここからのはなしもまた、話しの大筋を分かりやすくするため、あたかも全ての人が同じ境遇であるかのように書いてしまっているかもしれませんが、全ての人がそうであるということではなくて、「そのような人が多くいる」とお読みください。)
お布施定額制が出てきたのは、檀寺・檀家の関係からはみ出た人々が特に都会に大量に堆積したためです。前回の話の中で、檀寺と檀家の関係が保たれているときに存在していた、その中で「暗黙の内に決められていた従来型のお布施」がなくなってきてしまっているのです。都市における核家族の多くは、檀寺を持たないのが普通です。
核家族を形成した人々は、戦後の高度経済成長期に大量に都会に移動してきた人たちですが、田舎から仕事を求めて都会に出てきた人たちは、地縁や血縁を故郷に置いてきた人がほとんどです。もともと一家の墓は長子相続が普通のことでしたから、百姓の次男三男は自分で別の墓を作る必要があったのですが、都会に出てきてしまえば自分が死ぬまではとりあえずその心配もなかったのです。核家族を形成した人たちは同時に団塊の世代の親たちでもあります。戦後70年になろうとして彼らに死が迫り、対応に苦慮することになります。
次回に続く
(2011.10.12)

「お布施定価表示」論争について(3)
争論」ではこの二つの主張を、議論としてかみ合わないままで、並列的な言いっぱなしの意見として扱っています。お葬式における僧侶としての2つの立場を代表する意見が、どのようにかみ合って、どのような結論が導き出され、仏教関係者ではない私達がどのように考えていけばよいかがこの「争論」からは見えてきません。もちろん、「どちらかの考え方が正しいく、それに従っていくべきだ」というような結論ではなく、一人ひとりが考えていく上での指針となるような議論であるべきではないでしょうか。
この議論はスーパーイオンが2010年に葬儀業に進出するに際して、「お布施定額制」つまりお布施の価格を表示したことに始まりました。これに対して、仏教会側が価格表示の取りやめを要求し、イオンはこれに応じました。これが議論の発端でした。今回の朝日新聞の争論」は、基本的にこのときの議論=双方の主張の並列的提示から踏み出していません。本来であれば、事実がさらに掘り下げられ、議論が深められ、内容的に次のステージへと問題点の解明が進み、読者の考えや行動に資するべきなのでしょうが、まったく期待はずれでした。
では私達はこの対立をどのように考えればいいのでしょうか。先ずは、この対立をよく理解するために、客観的に事実を確認して行く必要があります。
もともと、檀寺と檀家の関係の中で暗黙の内に決められていた「従来型のお布施」だけのところへ、「定額制のお布施」が出てきたのが問題の始まりだったわけですが、この辺りを少し詳しく見ていけば、この対立の内実と宗教的対立であるかのごとく見える両者の立場の根拠が見えてきます。次回に続く

(2011.10.11)



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